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2007年11月

2007年11月29日 (木)

サンヨーメガに業務停止命令

「血さらさら」マルチ商法 神戸の会社に業務停止命令(神戸新聞)

 経済産業省は二十八日、特定商取引法に違反する行為があったとして神戸市中央区北野町三の健康美容器具販売会社「サンヨーメガ」に六カ月間の業務停止命令を出した。医学的な根拠がないのに「血液がさらさらになり、脳梗塞(こうそく)に効く」とうたって四十万円近いイヤホン型の器具を販売、連鎖販売取引(いわゆるマルチ商法)に勧誘していた。

 購入した会員数は主婦を中心に全国で延べ十一万人を上回り、売り上げは昨年六月からの一年間だけでも約五十五億円に上るという。

 近畿経済産業局によると、サンヨーメガは一九九七年設立。二〇〇一年ごろから、会員に知り合いを呼び出させて器具を販売し「人を紹介すれば元が取れ、確実にもうかる」と、事実と異なる勧誘を繰り返していた。断る客に対し、二時間以上もしつこく勧誘を続け、契約させたケースもあった。

 全国の消費生活センターに寄せられた苦情は、〇四年度以降の三年間で約千三百件に上るという。

 サンヨーメガは「担当者がいないのでコメントできない」としている。同社は法人税を脱税したとして昨年、大阪国税局から告発されている。

(11/28 19:54)

 経済産業省の発表はここ。

連鎖販売業者【(株)サンヨーメガ】に対する業務停止命令及び指示について(PDF)

 経産省が公表している事例をお読みになっても分かるとおり、アポイントメントセールスの要素をも含むものでもあり、数あるマルチの中でも、極めて悪質なものと見てよい。商材は単なる音楽プレーヤーだが、これを40万円弱で、「健康美容機器」と称して、医療機器の承認もないのに、脳梗塞やパーキンソン病が治るなどと、体に対する効能効果を謳っていたわけだ。

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2007年11月28日 (水)

思考停止と天然ファシズム

(この項追記)

 mixiで知り合った方なのだが、ナマケモノ倶楽部が行った「エコ・スピリチュアルツアー」を日記で批判されていた。ツアーの目的国・ブータンが民族同化をやっているのを彼らは知っているのかと。その日記で、その方、スピリチュアリズムは検証不能な言い訳、私は言葉と論理を尽くすことを考える、と。同じこと考えている!と内心拍手したのだった。

 そのmixiに「オーガニックライフ」というコミュニティがある。前回触れた「食の安全や美容・健康を扱うコミュニティ」の一つだ。そこで、どうやら何人かが締め出しを喰らっているらしい。

 現在「オーガニックライフ」のトップには、次のような文言が掲げられている。

「みんなで情報交換をするコミュニティという性質上、どうしても科学的には正しくない情報も混ざる場合があります。全ての情報を鵜呑みにせず、ご利用は全て自己責任でお願いします。なお、当コミュは科学的な正しさを追及するコミュニティではありませんので、そのような議論は議論用コミュ又はよそのコミュでどうぞ」

「議論用コミュ」とは、同じ管理人が立てた別館で、本家コミュから締め出しを喰らった方々が書かれているのだが、参加者の数は本家には遠く及ばない。察するに、「オーガニックライフ」はオーガニックは無批判に良い、という前提の下、仲良し倶楽部にしておきたい、批判するものは隔離病棟へ行けということらしい。

 そもそも、私が「オーガニックライフ」に参加したのは、たまたま何かの機会にそのコミュニティの内容が目に留まったとき、ある種の危うさを感じたことからだった。有機農業が無批判に良いとされて、農薬や化学肥料、食品添加物が一方的に排斥されている。他の「食の安全や美容・健康を扱うコミュニティ」には、天然信仰に疑念を呈する人が必ず一人か二人はいる。それなのにこのコミュニティには、そういう人がいない。しかも参加者は2万人以上、自分が住んでいる町の人口よりも多いではないか!

 こんな自己検証性の欠如したコミュニティでは、下手すると、マルチ商法のような怪しげな商売の草刈場にされかねないぞ! 放っておけないとばかりに、「『有機』『自然』『天然』“幻想”は止めにしないか」なる、いささか挑発的なタイトルのトピックを立ててみた。反発は覚悟の上である。このことを「懐疑論者」コミュで報告すると(このやり方は不味かった面もあり、反省もしている)、「懐疑論者」の方の参加者が何人か、「オーガニックライフ」の方に雪崩込んできたのだった。

 そのトピックのやり取りの中で一番印象に残っているのが、「(良く分からないけど)オーガニックでいいじゃん」というようなものだった。参加者が、彼ら彼女らなりに考えを持って有機だオーガニックだを信奉するのは、まあ勝手だ(それを公の場で他人に伝えることに関する責任の問題は置いておいて)。心配なのは、「なんとなく、いいじゃん」と、雰囲気に流されがちになることだ。「オーガニックでいいじゃん」のオーガニックは、容易に色んなものにすりかわる。だからこそ、経皮毒から守るとかいうニューウエイズとか、磁気活水器とかπウォーターのような、怪しげな商売が跋扈する土壌を生むわけだし、そこまで質が悪くなくとも、松永さんの本に出てきた、「東京のおしゃれな自然食品の店の、高い無農薬ニンジン」といった、所詮は「金持ちの道楽」といえそうな無駄遣いとか。

 でも、それにより、参加者の中にも、物事を考える、議論する雰囲気が出来てきたように思える。管理人は「LOHAS」も無条件にいいと思っているようだが、参加者の中からは、それこそ「金持ちの道楽」等と、かなり批判的な意見も出てきている。LOHASなんて単なるマーケティング用語、特に日本においては、ソトコト・小黒一三が商標ビジネスをやるために広めた言葉だ

「懐疑論者」の粛清は、複数の参加者から管理人に訴えがあった(コミュの雰囲気が壊れるから?)ことかららしい。

 戦前、プロレタリア文学隆盛の頃の中村武羅夫の評論「誰だ?花園を荒らす者は!」を思い出してしまった。芸術の花園がマルキシズムに踏み荒らされたと。

 花園といえば、黒いサイトネタになったっけ。ライフプランナーという、手口の小ざかしいことこの上ない内職(無い職)商法業者があって、ここは一部の契約者にサクラサイトを開設させていたのだった。このライフプランナー、合併でNMSと改称後破産、花園の住人達、今頃どうしているだろう……。

 話が内職商法に飛んでしまった。オーガニック“信者”も、別に悪意はないのであろう。何で? こんなにいいのに? という、おそらく素朴な善意からである。でもその雰囲気に嫌な臭いを感じてしまう。何かに似ている。そう、戦争への道というのはこんなものではないのか。「善意の連鎖」が全体主義を生む。kikulogのコメントでも似たような話が出ていたっけ。「地獄への道は、善意で敷き詰められている」とはよく言ったものだ。

 ここまでくると、「天然ファシズム」と言ってもいいかもしれない。

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天然信仰の幻

 mixiの、食の安全や美容・健康を扱うコミュニティを見ていて、改めて「天然信仰」の根強さに驚かされる次第である。先日取り上げた安部司の著書も、天然物信仰に一役買っているわけだが(しつこいようだが、安部は自然海塩の会社に在籍している)。

「食の安全とフードファディズム」か、「似非科学」か、迷うところではある。「自然・天然=安全」「合成・人工=危険」という、結論ありきの安易な二分法は似非科学のやり方そのもの。何度も言っているけど、トリカブトだってフグだって天然だし、ジャガイモの芽(ソラニン)とか生の豆(レクチン)とかアク抜きする前のワラビ(プタキロサイド)とか、ごくありふれた食材にだって有毒物質は含まれている。

 かつては「食品添加物」としての規制の枠外だった、主に天然由来の成分が、現在では「既存添加物」名簿に収録されている(意外なところでは、金箔入りの酒に使う金とか、窒素充填の窒素なども)。合成品の「指定添加物」が、厳密な安全性評価がなされているのに対し、「既存添加物」は、長年用いられてきた経験上、特に問題は起こっていないというのであって、科学的・定量的な安全性評価は途上にある。その中でアカネ色素は発がん性が疑われるとして使用禁止になったわけだ。

 ところで、mixiの「懐疑論者の集い-反擬似科学同盟-」というコミュニティで、と学会原田実氏(mixiでは「偽史学博士」)が、このようなことを書かれていた。

「私が子供の頃(60年代)の未来予測の本では、『21世紀には体に悪い天然食料を食べる必要はなくなり、栄養素を錠剤やチューブで必要なだけ摂取するようになる』と大真面目に書かれていましたっけ。学習雑誌の特集とか、大人向けでも真鍋博先生の挿絵が用いられているような本とか・・・・
実際の21世紀がこれほど天然志向の社会になるとは当時の科学ライターやSF作家には予測できなかった(もしくはその予想があっても一般向けの本には書けなかった)わけですね」

 60年代は、「人工」「合成」信仰だったわけだ……。さて、どうして“宗教改革”が起きたのか。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」が出版されたり、公害が社会問題になったのが60年代から70年代にかけてだが、ニューエイジ・ムーブメントが盛んになったのもこの頃。ニューエイジと天然信仰、イコールではないにしても、こちらが論理を尽くして添加物・農薬、厳しい基準に則って使われているのだから心配ご無用、と説明していても、ニューエイジにカブれたのだろうか、「(合成物は)“自然の摂理”に反する」とやらで聞く耳を持たないのがいる。“自然の摂理”、随分便利な逃げ口上だねぇ。何せ検証不可能。人間、思考停止に陥ってはいけない。

 公害、合成洗剤による水質汚濁や富栄養化、「沈黙の春」で指摘されたDDT等、確かにその当時はいろいろ問題が起きたわけだが、どうもその当時のステレオタイプなイメージを未だに引きずって、現在使われているものをきちんと知ろうとしないまま、闇雲に「人工・合成=危険」と思い込んでいるのも多いように思う。

 松永和紀さんが著書「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」で、新聞記者時代の経験を書いている。松永さんも、一頃有機農業を魅力的に感じて、有機農家をすすんで取材したのだという。ところが取材を重ねるうちに、何かおかしいと感じるようになったと。有機農家の中で、本当にごく一部ではあるが、農薬の危険性を主張して、慣行農業をしている農家を陥れるようなことを言うのがいると。彼らは農薬を使わなくなって久しいので、最新の農薬知識を持たない。彼らの言う危険な農薬とは、数十年前の農薬の姿なのだという。

 また、同じ松永さんの「踊る『食の安全』―農薬から見える日本の食卓」では、テレビのニュース番組でコメンテーターとして出演依頼を受けた専門家の話が出てくる。番組の前の打ち合わせで、テレビ局が用意した「資料映像」を見て愕然としたという。今時どこでも使っていない機械に、今時使っていない白い粉。どう見ても20年前の映像。これでは視聴者にウソを伝えることになる、とその方が言うと、テレビ局の担当者はキョトンとしていたと。

 ところで、現代の食生活に対するアンチテーゼとしてか、「粗食」だか「スローフード」だかがブームになる。日本古来の伝統食に回帰せよとか何とか。昔の貧しい農村の生活実態を知らないから、そんなことが言えるわけだ。人生五十年、乳児死亡率の高かった時代に戻りたいか。

 確かに、全国各地に素晴らしい、伝統の郷土料理がある。しかし、昔は「ハレ」と「ケ」には厳然たる区別があった。正月や秋祭りや結婚といった、年に数回の「ハレ」の日以外は塩辛い漬物のような「ばっかり食」の習慣があり、塩分の摂り過ぎや栄養の偏りが短寿命に繋がっていた、というのが実態だろう。地道な生活指導の結果、日本は世界一の長寿国になれたわけだ。

 悪趣味だが、フードファディズムを煽っている人士が、生活習慣病で死なないかと、ひそかに思っている(ブログに書けば「ひそかに」とは言えないか)。安部司とか、牛乳有害説を唱えている「病気にならない生き方」の新谷弘実とか、「買ってはいけない」の船瀬俊介山中登志子粗食とかマクロビオティックとか。大物を忘れるところだった、オカルト商法の総合商社・船井幸雄一方、何々がいいと「あるある」や「おもいッきりテレビ」で持ち上げた「教授」、例えばラクッコピコリン教授

 フードファディズムの提唱者である高橋久仁子さん(群馬大学教授)は、講演でいつも3人の例を出すのだという。

「実は、私が講演などで必ず例を出す3人の研究者がいます。お茶を丸ごと食べることを奨めたKさん、アガリクスの広告塔だったMさん、大豆を食べれば万病解決と説いたOさんです。Kさんは44歳、Mさんは69歳、Oさんは65歳で、いずれもがんで亡くなられました。『これを食べれば万全』と一般の人たちがあまりにも信じているので、悪趣味ですがあえてこの3例を出すんです」

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2007年11月26日 (月)

香具師か、食品添加物のゲッベルスか(安部司著「食品の裏側―みんな大好きな食品添加物」を批判する)

 mixiの日記とレビューに載せたのと同内容だが(レビューの方は字数制限から削っている)、より広く見ていただくため、こちらにも載せる。 他にも批判サイトがある。胡散臭い、著者の退社の経緯についても言及している。

ベストセラー『食品の裏側』の裏側

 ついに、というか、あのベストセラーを罵倒してしまった。前にちょっと立ち読みしてきたことがあるが、根をつめた批判を書いてみる。

 松永和紀氏らによる、本書に対する批判の方を先に読んでいるので、読み方にバイアスがかかっているかもしれないが、それにしても、主張がダブルスタンダードに満ちた、まさに駄本。こんな「買ってはいけない」本、著者を印税で儲けさせるのはアホらしいので、図書館で借りてきたわけだが。

「買ってはいけない」等の、これまでの添加物批判本と随分毛色が違うのは、食品添加物として用いられる、個々の物質の毒性や有害性、発ガン性に関しては全くといっていいほど言及していない点である。添加物が食文化を変えてしまった、というのであれば、それはあくまで「文化」の問題であって(これは高橋久仁子氏も著書で指摘している)、「食の安全」という「科学」の問題ではないよね。それならば、帯の「知れば怖くて食べられない」は、素晴らしい論理の飛躍。行間を読ませて、「添加物は危険」とイメージ的に刷り込みたいようだ。高橋氏がよく、宣伝文やキャッチコピーは絶対に行間を読んではいけないと言っているが、この本も同じ。書いている字面以上の解釈をしては、絶対にいけない。


「私が主張したいのは、『添加物の情報公開』ということです(p6)」
「医療や政治、金融の世界では情報公開が叫ばれています。
 しかし情報公開が必要なのは、食品業界も同じはず。医療も政治も、苦しみつつも古い体質を改めるべく変革の道を進んでいるというのに、食品業界だけが旧態依然とした体質を変えようとしていないのです(p124)」


 じゃあ、「歩く添加物辞典」「食品添加物の神様」だというお前が率先して「情報公開」しろ。本書には難しい毒性や化学記号などは一切出てきません(p8)」とはなんだ。具体的に物質を出せば、インターネットでいくらでも調べられる時代だ。それなのに、食品添加物の物質名なんかわからなくていい」「『台所にないもの=食品添加物』という図式のもと、『裏』を見て、なるべく『台所にないもの』が入っていない食品を選ぶだけで(p188)」添加物を避けられるのだという。要するに、1500種類以上の添加物(p34)」を知る必要はない、と言うわけである。

「暮らしの手帖」が1990年に、主婦とがんの疫学者を対象に行ったアンケートがあって、食品添加物や農薬について論じるときによく引用される。発がん性の因子としていくつか挙げて、どれがリスクが高いか問うたものだが、主婦は「食品添加物」と「農薬」が高くて「タバコ」はその次、一方、疫学者はというと、「ふつうの食事(に含まれる発ガン性物質)」「タバコ」が圧倒的に高く、「食品添加物」「農薬」は殆ど挙げられていない。専門家は、食品添加物や農薬が厳しい安全性評価のうえで用いられていることをよく知っているからである。

 個々の物質を知る必要はない、とは何とも大胆。定量的評価はもとより、定性的評価さえも要らないと言っているのだから。「『抵抗者』ははじめから無視し、『先覚者』を動かせば『素直な人』と『普通の人』がついてくる」という、船井幸雄のマーケティング論ではないが、科学者や懐疑論者は最初から無視して、ものごとをよく知らない素人を巧みに煽動しようとしているのではないだろうか。

 本書で取り上げられている「果糖ブドウ糖液糖」や、後述する「たんぱく加水分解物」は、国が決めている「食品添加物」には含まれない。「台所にないもの=食品添加物」と、国の定義から逸脱した勝手な定義をするとは、消費者を欺くものであるとしか言い様がない。

 ちなみに、松永氏によると、著者の講演では、「(添加物を避けるためには)自然食品しかないと思う」と言っているのだそうだ。この著者の現在の勤務先は、自然海塩の会社「最進の塩」。巻末の著者紹介では、何故か会社の電話番号とURLを載せている。普通、個人著作の本に会社の電話番号まで載せたりするか? 「塩のうまみは海のミネラル(p95)」というのも宣伝臭く思える。


「『添加物の複合摂取』という問題(p59)」

「複合摂取」の例として、清涼飲料水に保存料として添加される安息香酸塩と、酸化防止剤として添加されるビタミンC(L-アスコルビン酸)が反応してベンゼンが生成するということが問題視されたことがある(国内の製品を調査したところ、ダントツにベンゼン含有率が高かったのがDHCのアロエ健康飲料だったというのは皮肉。この製品は自主回収された)。しかし、ビタミンCはもとより安息香酸も天然の果実に存在する物質であり、「複合摂取」を問題提起するのであれば、添加物だけを槍玉に挙げるのはナンセンスである。


「そもそも、添加物の毒性や発ガン性のテストは、ネズミなどの動物を使って繰り返し行われます。添加物として使っていいかどうかや使用量の基準が、そのネズミでの実験結果にもとづき決められているのです。
『ネズミに、Aという添加物を100グラム使ったら死んでしまった。じゃあ、人間に使う場合は100分の1として、1グラムまでにしておこう』
 大雑把にいえば、そのように決めているのです(p60)」


 完璧な誤り。食品添加物や農薬の基準を決める際に根拠としているのは、実験動物を用いて、一生涯にわたって摂取しても「何の影響も出ない」量を導き出して、これを「無毒性量(NOAEL)」というが、それに安全係数100分の1をかけた量をヒトにおける「一日摂取許容量(ADI)」としているわけだ。決して「死んでしまった」量を基準にしているのではない。「その危険性や使用基準も、試験でもあれば満点を取れるほど、詳細に答えることができ(p34)」たというのが事実であれば、正しい基準の決め方は当然知っているはずで、嘘と知っていて言っている詐欺師ということになる。


「(たんぱく加水分解物の製造で)そこで問題となるのは塩酸を使うこと。
 塩酸はいうまでもなく劇薬ですが、これを使うことによって『塩素化合物』ができてしまう恐れがあるのです。『塩素化合物』は、『たんぱく加水分解物』をつくるときの副産物といってよいものですが、発ガン性が疑われている物質です(p163)」


 はぁ? 人間の胃液には塩酸が含まれているけど。何が言いたいのか。

食品に使われる「たんぱく加水分解物」って何ですか?(日本生協連)

 食品添加物であるグルタミン酸ナトリウムは親戚のようなものだが(実際、かつて味の素は大豆タンパクを塩酸で加水分解して作られていた)、「たんぱく加水分解物」は分類上「食品添加物」にはあたらない。


「甘味料として使われる『サッカリン』は発ガン性を疑われていますし(p176)」

 現在では、サッカリンの発ガン性は否定されている。


「『アスパルテーム』もフェニルケトン尿症などの問題があると言われています(p176)」

「買ってはいけない」でアスパルテームが散々叩かれたが、全く同じ誤謬。フェニルケトン尿症とはフェニルアラニンを代謝出来ない、20万人に1人とされる先天性の病気であって、普通の人がアスパルテームを摂取して発症することは絶対にない。一部の人に良くないからダメだというのは、米や小麦(どちらにも食物アレルギーが存在する)を有害だと言っているのに等しい。


「食べることは命をいただくこと」
「そこに『牛さんありがとう』という感謝の気持ちを持たなければいけないと思うのです(p209)」


 そういうアンタは「ドロドロのクズ肉」「廃鶏」なんて言ってるねぇ。


「(自分の子供が『クズ肉』と添加物で作ったミートボールを食べていたことを知って)翌日、会社を辞めました(p46)」

 思い立った翌日に会社を辞めるなど、社会人の常識からは有り得ない事(まさか懲戒解雇されたわけではないだろう)。会社を辞めるときには、前もって辞表を出した上で別の社員に引継ぐのが当たり前だろう? となると、ここでも嘘をついているということになる。


 とにかく、冒頭で挙げている、「『白い粉』から豚骨スープ」の実演といい、この人物からはテキ屋の臭いがプンプンする。それとも、神様ならぬ「添加物のゲッベルス」とでも呼ぼうか。この本を読むなら、松永和紀氏や高橋久仁子氏の著書を併せて読むべきである。

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坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い?(吉岡英介氏のこと)

 黒い悪徳商法サイトでレス屋をしていた頃(今は引退したのか?と突っ込まれそうだが、最近は書くこともなくなったのでねぇ)、好きでよくやっていたのが、諺や格言をタイトルにすること。例えば、被害者の会を作りたいとかいうような投稿に対して、一人でも戦う気はあるのか、一人で戦えなければ、ゼロの力がいくら集まってもゼロでしかないことを、論語から引用して「小人は同じて和せず」なんて書いている。もう一回あった。

 本題。前に傍聴記を書いた裁判の原告、吉岡英介氏のサイトを見たけれど、はっきりいって何がやりたいのか良く分からないのである。

 吉岡氏がやっているのは、磁気活水器(吉岡氏は「マイナスイオン水生成器」と称する)のマルチ商法である。磁気で水が変わるか、というと、変わらないだろう。どこの実験室にもあるマグネチックスターラーは磁石を回転させて攪拌しているけれど、それで水溶液の物性が変わったりはしない。医療用のMRIの中に入ると強い磁場がかかるけど、磁気活水器程度の磁場で水が変わるのであれば、MRIの磁場は命に関わるだろう。数テスラクラスの、超伝導電磁石を水面に近づければ、水は反磁性なので少し水面がくぼむ(旧約聖書に因んで「モーゼ効果」というらしい)。しかし離せば元に戻る。前後で水の物性が変化したりはしない。たまたま検索で引っかかったものを読んでみたら、書かれたのは「apj」すなわち天羽さんだった。納得。もっとも裁判においては、科学的な正当性は争点にはなっていない。

 吉岡氏のサイトに書いてあることでどうも腑に落ちないのは、天羽さんご本人も仰っていたが、「ニセ科学批判」に関わっている人達を一緒くたにして攻撃していることである。吉岡氏の「ビジネス」に関わるであろう、磁気活水器の批判をしているのは、天羽さん以外では、左巻健男さん(同志社女子大学教授)が著書「水はなんにも知らないよ」で取り上げているくらいか。田崎晴明さん(学習院大学教授)菊池誠さん(大阪大学教授)は、江本勝の「水からの伝言」は批判しても、吉岡氏のビジネスに影響しそうなことを言っているとは思えない。、「水伝」批判を叩いたところで、吉岡氏にとって何か得になるのか? 挙句の果てには9・11陰謀論まで飛び出す有様だ。何がやりたいのだろうか。

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2007年11月25日 (日)

Yahoo!で1位!

 アクセスログを見ていて、Yahoo!のブログ検索で来られた方がいたのだが、リンク元を辿ってみると、なんと検索で、このうさぎ小屋が、ブログ検索の検索ワード「一円電車」で1位ぢゃないか! といっても、全39件だが。

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2007年11月22日 (木)

開店

 mixiで日記を書き散らかしてきたが、ブログ開設としよう。mixi日記も当面並行して、「全員に公開」で運用予定。あちらはmixiニュース主体にするか。

……と、これだけでは殺風景なので、30mだけ動いた、明延の一円電車の写真を貼り付けておこう。この人車は「くろがね号」。黄色いバッテリー機関車は、明延鉱山とは無関係。

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